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東京地方裁判所 平成11年(ワ)5868号 判決 2000年6月27日

主文

一  原告と被告との間で、別紙物件目録(一)及び(二)<略>の建物の賃貸借契約における賃料が平成10年7月1日以降、1ヶ月当たり合計109万600円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

原告と被告との間で、別紙物件目録(一)及び(二)<略>の建物の賃貸借契約における賃料が平成10年7月1日以降1ヶ月当たり合計89万3,500円であることを確認する。

第二  事案の概要

原告は、被告から昭和61年4月1日から別紙物件目録(一)及び(二)<略>の建物(以下、「本件建物」という。)を賃借しているところ、右建物賃料はその後増減額され平成7年4月1日以降1ヶ月当たり147万円となったが、さらに諸般の事情により減額するのが相当であるとして、本件建物の賃料を減額する旨の意思表示をしたが、減額に応じないので、借地借家法32条に基づき、被告に対し、右建物賃料が平成10年7月1日以降1ヶ月当たり合計89万3,500円であることの確認を求めている。

一  前提事実(争いがないか掲記の証拠により容易に認められる事実)

1  本件建物は、都市再開発法に基づく「赤坂・六本木地区市街地再開発事業」により生まれた「アークヒルズ」内の「アーク森ビル」の2階部分に存在する。被告の実父日吉正夫は、本件再開発事業対象地域内に土地及び建物を所有していた。日吉正夫は昭和56年11月4日死亡し、前記土地建物は、被告が5分の4、被告の母フジノが5分の1の割合で取得した。

被告及びフジノは、市街地再開発組合との間で権利変換の合意をし、原告との間でアーク森ビル及びアークタワーズの土地付区分建物の売買契約を締結し、被告は、本件建物(一)、(二)を取得した。

原告は、被告から昭和61年4月1日以降本件建物を賃借し、第三者に転貸している(甲三及び弁論の全趣旨)。

2  右建物の賃料は数度にわたり増額改定され、平成4年4月1日より、合計225万9,168円に改められた。

その後、原告は、被告に対し、平成7年4月1日以降の賃料減額を求めて当庁に建物賃料減額訴訟を提起し、右訴訟による判決によって、本件賃料は、平成7年4月1日以降1ヶ月当たり合計金147万円であることが確認され、右判決の控訴は控訴棄却となり、右判決が確定した(当庁平成7年(ワ)22905号事件、東京高裁平成9年(ネ)第5956号)。

右訴訟においては、本件賃料が所得保障の趣旨を有するか否かが争点となり、この点につき、被告は、本件賃貸借契約は再開発事業の過程で権利変換の一環として成立したものであり、その賃料は被告の原告に対する所得保障の趣旨を有するものであるから、本件賃料は通常の賃貸借契約と同視してその適正賃料を決しうるものでない、また、原告は、被告の都合により自己の事業の要となる単独の占有使用可能な店舗を取得できなくなり、その穴埋めとして原告は所得保障として通常より高額な賃料の設定に応じた旨主張したが、右判決は、権利変換と賃貸借契約は論理的には、相互に独立のものであって、賃貸借契約の賃料の決定が権利変換の一環としてなされることはありえないこと、また、本件賃貸借契約締結の経緯については、被告は折衝開始時点で既に自己使用にはこだわっておらず、賃貸することも可とする意向であったが、自己の要求を極めて頑強に主張し、原告が、最大の権利者として、大詰めにきたビルの利用関係の調整作業を頓挫させるわけにはいかない立場にあり、被告の要求に屈せざるをえなかったことから、被告にとって極めて有利な内容の賃貸借契約が締結されたものと認定し、権利変換の過程においても、賃貸借契約の過程においても、被告には特別に保障されるべき利益はなかったと判断し、所得保障の趣旨を否定している。

3  原告は、平成10年6月25日付内容証明郵便により、賃料減額の請求をしたが、被告は任意に応じないので、被告を相手方として東京簡易裁判所に対し調停を申し立てたが不調となった。

二  争点

本件賃貸借契約に借地借家法32条の適用があるか。

(被告の主張)

被告は原告との、昭和57年10月8日付覚書により、被告はアーク森ビル内に店舗を取得することで合意し、被告自ら飲食店を経営する予定であった。ところが、昭和59年頃より、原告関連会社の森ビル商事株式会社の担当者が、被告店舗分が確保できないので店舗部分の共有持分を賃借してほしい旨を申し入れ、被告はやむなく右申し入れを受入れ、自ら事業を営む途を諦める代わりに、所得保障の趣旨で自己に有利な条件で、昭和60年12月26日本件賃貸借契約を締結した。また、本件賃貸借契約には以下のような特殊性がある。<1>原告は、本件再開発事業地域の最大の地権者であり、かつデベロッパーを兼ねていたため、他の地権者は終始原告の遂行する事業への協力者という実態であったこと。<2>アーク森ビル2階部分の共有持分を取得した者の多くが、地元で飲食店等の零細な商店を営んでいたが、微細な共有持分しか取得できず、地権者は、アーク森ビル内での事業の継続を諦めて本件建物の共有持分に応じた賃料収入を得る以外に生活の途はなかったこと。<3>原告による転貸が自由とされ、かつ、賃貸借期間が20年と異例なほど長期である上、共有者は賃貸借契約解除の自由さえ否定されていること。<4>原告は、アーク森ビル2階部分を自ら占有使用する必要がなく、いわゆるサブリースの方法により第三者に転貸して差額賃料を収受して利益を出すだけの存在だったこと。<5>原告と被告及びその他の地権者間の賃貸借契約では、賃貸人=「持てる者」、賃借人=「持たざる者」という図式は全く逆転していること。

以上のような本件賃貸借契約の締結経緯及び特殊性に照らすと、本件賃貸借契約においては、借地借家法32条の適用は排除されているものとみなければならないし、また、本件賃貸借契約に基づく賃料は所得保障の趣旨があり、そのために事情変更の原則による賃料の改訂にも右趣旨を反映しなければならない。

(原告の主張)

被告が取得した本件建物の取得経過、及び本件賃貸借契約に至る経緯において、原告は被告に対し、所得保障をしたことはなく、また、被告に対し特別に利益を保障しなければならない何らの関係もない。

被告は、都市再開発法に基づく、再開発事業により、地権者相互間の利害調整を図った権利変換によって本件建物を取得したが、その利用については自己使用ではなく賃貸の方法を自ら選択したのであり、かつ本件賃貸借契約においては、いわゆる純然たる賃貸事業受託方式によるもので賃借人(ディベロッパー)が賃貸人の所有土地に賃貸人の費用負担で建物を建築させた上で、その建物を一括して賃借することにより、賃貸人に対し、長期的に安定した収入を得させることにより、建物建築費の借入返済のリスクを保証した等の賃料保証のある事案とは異なるのであり、その他に本件賃貸借契約に借地借家法32条の適用を排除すべき特別の事情はない。

第三  争点に対する判断

一  本件賃貸借契約は、原告がその営業として被告から賃借した店舗を自由に第三者に転貸することによって収益を上げるいわゆるサブリース契約であることについては当事者間に争いがない。

借地借家法32条は、契約自由の原則を前提としながらも、賃貸人と賃借人の継続的な関係に鑑み、事情の変更に応じ賃料の増減額請求権を認めたものであり、同条が強行法規に類する面を有することから、借地借家法32条の適用が排除されるのは、右規定を適用すると不合理な結果が生じる場合等特別の事情のある場合のみであると考えられる。この点、被告は、所得保障の合意があったと主張するが、全証拠をもってしてもこれを認めるに足りる的確な証拠はない。そのほか本件賃貸借契約の特殊性として主張する事情はいずれも右特別の事情にはあたらないので、借地借家法32条の適用は排除されない。

そして、鑑定の結果によれば、別紙物件目録(一)及び(二)の継続月額支払賃料は109万600円とするのが相当である。

二  結論

以上によれば、原告の請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余の点について理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 本間陽子)

(別紙)物件目録(一)、(二)<略>

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